小児神経領域で知っておきたい診断学・症候学の知識
この記事を作成した日:2025年11月5日
記事内容の最終更新日:2025年11月5日
古典的診断病名の分類と小児神経にかかわる診断学の特徴
古典的診断の分類
診断病名とは, 「どこ」が(場所) 「どのように」(病態・病理) 障害されているかを示した分類がされています.
解剖学的診断(どこ)+病因学的診断(どのように) = 臨床診断
「どこ(場所)」については,頭・腕などの体の部位によることもあるし,血管・末梢神経などの構造的な分類のこともあります.主訴毎に問題となる解剖学的な部位はある程度決まっており,いずれの場所が主となるのかを推定していくのが神経診察になります.
神経の場合では,「脳ー脊髄ー末梢神経ー神経筋接合部ー筋肉」の解剖学的な枠組みの中でどの部分に異常があるのかを病歴と診察によって同定していく過程です.細かくみればさらに脳のどの部分の障害なのか(高次脳機能),脳幹・脊髄などのどの部分なのか(局所解剖・神経路)も含めていくことになります.このあたりの深みはとんでもないですが,神経領域の面白さでもありますね.

一方で,「どのように(病因・病態)」を推定するため重要になるのが,病歴です.病歴に関しては,以下の”神経疾患における病歴と病態の関係”で多少詳しく記載しています.
一般診療の中では,鑑別診断を行う際の病態の分類として「VINDICATE+P」や「MEDICINE」などのネモニクスが有名ですが,これらは神経疾患の診療にも応用は可能です.特に,診断が思うようにできずに困った際,網羅的な鑑別診断を行う場合に有用です.
私は研修医時代にローレンス・ティアニー先生の著作を読むのが好きでした.
その時に出てきた鑑別診断の分類を参考にして,今もSnap diagnosisが困難な症例の鑑別診断をしていく際に利用しています.
VINDICATEは,1981年に内科医のCollinsが提唱したネモニクスで,当初は「疼痛」の鑑別を考えるためのものとして紹介されていたようです.小児神経疾患はすそ野が広く稀な疾患も多いので,困ったときに使いますが結構役に立ちます.
また,”病態” のアプローチなので,実際の疾患名が念頭になくても,”この病態の可能性はあるだろうか?”という視点で考えることで行うべき検査などが思いつきやすいこともいいな,と思っています.
| 項目 | 病態 | 日本語 |
|---|---|---|
| V | Vascular | 血管性 |
| I | Infectious / Inflammatory | 感染性 / 炎症性 |
| N | Neoplastic | 腫瘍性 |
| D | Degenerative / Deficiency / Drugs | 変性性 / 欠乏 / 薬剤性 |
| I | Idiopathic / Intoxication / Iatrogenic | 特発性 / 中毒 / 医原性 |
| C | Congenital | 先天性 |
| A | Autoimmune / Allergic / Anatomic | 自己免疫 / アレルギー / 解剖学的異常 |
| T | Traumatic | 外傷性 |
| E | Endocrine / Metabolic | 内分泌性 / 代謝性 |
| P | Psychogenic | 心因性 |
ちなみに,内分泌性 / 代謝性をさらに分割したものに”GLUT-HUBS” というネモニクスもあります.
小児の代謝疾患を考える際にはおおざっぱな感があります(”稀な病気”が多いので…)が,念頭にない疾患が想起されるという意味では有用だと思います.
| 項目 | 病態 | 日本語 |
|---|---|---|
| G | Glucose | 血糖の異常 |
| L | Liver | 肝臓の異常 |
| U | Uremia | 尿毒症・腎障害 |
| T | Thyroid | 甲状腺 |
| H | HPA (Hypothalamus-Pituitary-Adrenal) | 視床下部-下垂体-副腎ホルモン |
| U | Uric acid metabolism | 尿酸(核酸)代謝異常 |
| B | Bone metabolism | 骨・カルシウム代謝異常 |
| S | Scarce disease | 稀な病気 |
なお,これが “古典的“ とされている理由は,遺伝子検査が発達してきたからです.以前は2つの異なる疾患とされていたものが,共通する遺伝学的背景を持つことも確認されています.さらに病理学的な診断もありますので,臨床診断・病理診断・遺伝学的診断と,とてもややこしいです.
ただ,遺伝学的診断には遺伝子変異の病原性の推定,すなわち臨床症状との合致がとても大切ですので,古典的診断の重要性は少なくとも今後しばらくは薄れることはないと思います.
神経疾患における病歴と病因・病態の関係 | 発症様式と臨床経過
これに関しては小児神経や神経領域に限らない話ですが、一般に病歴の情報を集める際には「時間経過」の情報が病因・病態を推定するのに重要になります.
例えば,秒単位・分単位で出現する症状は脳梗塞などの血管性病変や外傷,心因性が考えやすいです.突然発症を呈する病態の覚え方としては,TROP(Tear/Tortion:裂ける/捻じれる,Rupture:敗れる,Obstruction:閉塞する,Perforation/Penetration:穴が開く/貫く)があります.
時間単位の増悪経過では感染や自己免疫による炎症,中毒,代謝疾患を考慮します.週単位くらいでゆっくり増悪する場合には,慢性経過をする感染症や自己免疫の他に腫瘍病変なども考えます.
慢性に経過する中では,増悪・緩解を繰り返して悪化していくか(感染・自己免疫・代謝),ベースラインまで完全に症状が消えるか(発作性:てんかん,不安定狭心症などの血管性,軽めの代謝発作)などの点に注意して病歴を確認することで,病因・病態の推測がある程度可能になります.
もちろん,例外はありますが(例えば腫瘍の破裂は急速な症状として表にでてきます),とても大切な部分ですのでしっかりと情報を集めましょう.
鑑別診断の入り口としての適切な医学用語・統制語の設定 | Semantic Qualifier(Normalization)
たとえば,「力がはいらない」という主訴を取り扱う時に,「全身の筋力低下」ととるのか「下肢麻痺」ととるか「歩行時の失調」ととるかによって,想起される疾患群が大きく変わってきます.
病歴や主訴をこのような標準的な医学概念(SNOMED CT concept)に適切に当てはめることが必要で,入口を間違えてしまうと文献検索も徒労に終わってしまい,診断名にたどり着けないことになってしまいます.
自然言語処理の分野で Semantic Qualifier は「キーワードをより普遍的で抽象的な上位の概念に置き換えること」です.ちょっとややこしいのは医学情報学では,この概念化はSemantic Normalizationといい,Semantic Qualifierはそれを修飾する用語です.「手足が痛い」を「多関節炎」とするのがNormalizationで,「急性発症」「反復性」などの修飾用語がSemantic Qualifierというようです.
臨床をやっている私たちとしてはそんなこまかい語用論はどうでもよいですが,大事なことは,「患者さんの訴えを,適切な医学用語に変換する」ことです.
ある入口から調べてみてもなかなか鑑別疾患が上がってこない場合には,他の言い換えがないかどうか,あるいはキーワードを変えたら出てこないかどうかを検討してみるといいと思います.また,いろいろな疾患を調べていくことで新しい”入口”に気づくこともあります.”難治性けいれんを伴う急性脳症”について調べていたら,”NORSE / ARPPS” という疾患概念・キーワードがあると気づくような場合です.根気強くいきましょう!
鑑別診断の過程では変換された医学用語をキーワードにして,鑑別疾患について検索していきますが,この際,Mesh Term / 統制語 を意識しておくと効率的です.
米国国立医学図書館(NLM)が作成している医学用語の辞書(統制語彙)です.PubMed(MEDLINE)に登録されているすべての論文には,このMeSH用語を使って「何のテーマの研究か」がラベル付けされています.
このMeSH termは階層化されていて,Seizureの下位の階層としてEpilepsyが設定されています.Seizureで検索すると下位のEpilepsyに含まれるものも合わせて検索されるようになっています.逆にEpilesyと下位の統制語で検索する場合には上位のものは含まれません.
また,”Seizre disorder”と”Convulsive disorder” は同じ意味の別表現ですが,これらはEntry termとして同一に扱われます.
全部知っておく必要はありませんが,適切なMesh termを設定することで必要な情報が集めやすくなりますので多少知識があった方がいいかなと思います.
小児神経特有の診断における特徴
発達の要素 | いつ(障害のタイミング)を考える
小児領域の診療にはどの分野でも”発達の要素”が加わります.そのため,小児神経領域の疾患を考える際には,成人内科での「どこ(場所)」が「どのように(病態・病理)」に加えて「いつ(障害タイミング)」を考慮する必要があります.VINDICATEでいうところの「C:Congenital」をさらに細分化するイメージです。
胎児の脳は妊娠初期に形成され,中期以降に成熟して,生後に発達します.疾患により障害を受ける時期によって,脳の形成異常,成熟異常,発達異常が生じます.
例えば,同じ形成異常の疾患として,Sturge-Weber 症候群を考えてみます.Sturge-Weber 症候群は外胚葉に分化する細胞のモザイク変異が原因で生じますが,細胞分化のどの段階で変異が生じたかによって,脳・目・皮膚などどの臓器に症状を呈するかが変わってきます.早期であれば脳・目・皮膚のいずれでも異常が生じますが,分化後半で変異が生じた場合には,脳だけ,眼だけ,皮膚だけに異常を生じることもあります.
胎児期の腎疾患によって羊水が減少し結果として奇形が生じるPotter症候群などの,”シークエンス”も同じように障害のタイミングの概念になると思います.
また,同じ脳血管障害でも可塑性の大きい新生児期と,成熟が進んだ学童期では生じる症状も異なってきます.脳の可塑性が成人に比べて大きく,また学習による習得の程度も左右されるため,病態を考えていく上では,時間の概念は外せません.
鑑別診断を行っていく上での原則
”3C” | Common・Critical・Cuarableの3つの軸
鑑別疾患を考える場合には,緊急性の高いもの(Guillain-Barre症候群など)や治療可能なもの(SMAなど)を見逃さないようにするために,”3C’s”を意識して鑑別診断を上げていくのが良いです.
特に救急外来では,”Critical”と”Curable”を見逃さないことが重要になります.
- Critical(見逃すと致死的・後遺症を来す)
- Curable(治療可能)
- Common(よくあるもの)
私自身はここに”Claim-prone”,つまり訴訟になりやすいトラブルポイントやピットフォールを意識するようにし,勝手に”4C”としています.
問診事項・病歴聴取のコツと注意
「COLDER FARMS」 | 網羅的な病歴収集のためのアクロニム
問診事項を体系的に聴取するためのフレームワークとして「COLDER FARMS」というアクロニムがあります.
その症候の鑑別疾患にこなれていない時であっても,たいていの主訴でこのフレームワークの情報がとれていれば鑑別の情報が不足して困ることはあまりありません.
こなれている症候の診察であっても,病態があまり特定できないような場合や,検査結果が合致しなかったり治療がうまくいかなかったりで「診断が間違っていないかな?」と思ったときにもここに立ち返って病歴聴取を行い,VINDICATE+P を考え,局在診断としての身体診察を取り直すのが大切になります.
| 項目 | 意味 | 日本語訳(臨床用語) |
|---|---|---|
| C | Character | 性状(痛みの種類や質) |
| O | Onset | 発症(いつ始まったか) |
| L | Location | 部位(どこに痛みがあるか) |
| D | Duration | 持続時間(どれくらい続くか) |
| E | Exacerbating factors | 増悪因子(悪化させる要因) |
| R | Relieving factors | 軽減因子(和らげる要因) |
| F | Frequency | 頻度(どのくらいの頻度か) |
| A | Associated symptoms | 随伴症状(他にどんな症状があるか) |
| R | Radiation | 放散(痛みが他部位に広がるか) |
| M | Mechanism / Medication | 原因・既往治療(原因と思われる出来事や薬剤) |
| S | Severity | 重症度(10段階などでの痛みの強さ) |
「4C」 |診断エラーを起こさないために病歴聴取で意識する点
病歴は診断の中心です.ただ,忙しかったりするとどうしても”Closedな質問で短く病歴をとっておしまい” にしてしまうことが多くなります.大概はそれでなんとかなりますが,時々こまります.
そういった場合に,「4C」を意識すると陰性感情によって誤診を来してしまうことが減ります.どうしてもの時は,時間を空けて再度問診するなど注意をしましょう.
| 項目 | 意味 | 説明 |
|---|---|---|
| Clear mind | 平静の心 | 急いでいる時でも疲れている時でも平静に聴取をする. |
| Control | 会話の手綱を相手に | 患者さんの方が多めに話すように意識する. 特に急いでいる時は直観的な思考が先に立ってしまって早期閉鎖を起こしてしまうことがある. |
| Compassion | 思いやり | 「それはしんどかったね」のひとことで 患者さんはひとに見せたくない部分をもって外来に来るため心理的なバリアがある. |
| Curiosity | 相手に関心をもつ | 「3日前からの症状でギリギリの時間になんでわざわざ来たのか?」には理由がある. 少しの違和感をもつには,相手に関心があって初めてできる. 関心を持つにはこちらの心の余裕が必要なので,余裕がないときほど意識的にする必要がある. |
救急の場での症候学
救急外来での問診は,時間の制約の中でテキパキと鑑別を行っていかなければいけません.
通常の鑑別診断と異なり「動きながらCriticalなものから除外・診断していく」という思考回路が必要です.この場合には,Pivot and cluster Strategyなど, 短い時間であっても見逃しなく診断をつけていく方策を持っておかなければ太刀打ちが難しいです.
以下に,Pivot and Cluster Strategyについて紹介しておきます.
Pivot & Cluster Strategy | ”直観”と”分析” の融合
Pivot & Cluster Strategyとは,ぱっと思いついて鑑別の軸となる疾患(Pivot)から,それと似たような症状を呈する疾患・類縁疾患(Cluster)を想起して分析していく手法です.
Pivotに紐づいた形で,Clusterがいくつか思い浮かぶように整理しておくと,直観に紐づいた形で分析的思考が展開されるため,精度を保ったまま効率的に鑑別を進めていけるようになります.”それっぽい主訴で来る別のもの(mimic)” の誤診を防ぐのにも有効です.

例として眼瞼下垂のDisease Mapを図示してみます.
眼瞼下垂は「先天性・急性・慢性」だったり「片側性・両側性」のSQ(記事上記)によって比較的臨床像が似ている疾患群に分けられます.
「急性発症の両側眼瞼下垂」という入口(SQ)では,まずはじめに重症筋無力症を思い浮かべる人が多いかと思いますが,その場合には重症筋無力症を軸にFisher症候群やボツリヌス症,CPEOの増悪などの類似したプレゼンテーションを来す疾患を鑑別にいれます.
“3C” でいうところのCommonな疾患がPivotとして想起される場合に,似たようなプレゼンテーションを来す致命的な疾患(Critical)や治療が遅れると予後が悪くなる疾患(Curable)を整理してまとめておくのが大切になります.
このClusterのリストはReview文献などの「鑑別診断」の項目に大概書いてありますが,ある程度のillness script(記事下記)が出来上がっていないと具体的に想起されないので,お勉強が必要です.まぁまぁ大変です.
救急外来では小児神経領域の症状は”けいれん”が主で,他の症候もあまり多くありませんので,鑑別疾患の入り口はそう多くはありません.どこかで一度勉強して整理しておくといいと思います.
この”Pivot&Cluster”は救急外来に限らず,外来初診時など時間が限られる時にもとても有効になります.Fenichelなどの教科書を読みながら自分のDisease MapとClusterを作っていくようにしましょう.
診断に困ったとき
稀な疾患が多い中での考え方 | メッシュ診断法
小児神経領域では,希少疾患も多いので,稀な疾患も症状の鑑別疾患に挙げておくことは重要です.一方で,始めから1/100万の有病率の疾患をはじめから鑑別疾患に入れてしまうと不要な検査が増えて,患者さんの負担を増やしてしまうことになってしまいます.
こういった場合に効率的なアプローチとして,”Mesh診断法” という考え方を紹介しておきます.
このMesh診断法は,先天代謝領域の児玉先生が実践されている診断法で,外来で見つける先天代謝異常症の書籍の中で紹介されています.成人の総合診療科の志水太郎 先生が考案したMesh layers Approachを参考に考案された方法のようですが,中身が結構違います.
志水先生のMesh layers approachとは,想定される鑑別疾患リスト(Disease Map)の中で,共通する特徴で網をかけていき,いくつかの網掛けをしてOverlapする部分を考えることで疾患を絞り込んでいく方法です.”網”といういいかたですが,要するに”共通する症状や検査結果でのまとまり”になります.
例えば,眼瞼下垂のDisease Mapで言えば「先天性」「急性」「慢性進行性」などの経過だったり,「片側性」「両側性」だったり,「眼球運動障害を伴う」「瞳孔の異常を伴う」などの随伴症状だったりです.
「眼瞼下垂」の鑑別は多岐にわたりますが「急性発症の眼球運動障害を伴う片側性の眼瞼下垂」というと,3つの網が重なる部分は少なく,数個の疾患に限られるような形です.このMesh layers Approachでは疾患がより少ない”特異的な” 網知っているのが鑑別に有効になります.

3つの網でかかる疾患が異なるが,すべてかかる疾患は多くない.
注意点として,たとえば眼瞼下垂では重症筋無力症は当初片側の眼瞼下垂で始まることがある,など,ある程度疾患毎の特徴に精通していないと正しい網がかけられない点がある.
一方で,児玉先生のメッシュ診断法はこれとは若干異なるアプローチです.
児玉先生のメッシュ診断法は主に先天代謝疾患を想定しているものですが,「荒い網目で診断できるものから順に除外していって,残ったものに関して細かく検査・鑑別していく」考え方です.
ある症候に対して,CommonなものとRareなもの,典型的(Typical)な臨床表現と非典型(Atypical)な臨床表現の大きく4つのカテゴリーに分類します.

まず一段階目の網ではCommonでTypicalな疾患(領域①)を診断します.この段階で診断がついてしまえばそれ以上深追いしなくてもよくなるので代謝疾患などRare diseaseはをしつこく考える労力が省略できます.CommonでTypicalなものに関しては,下記のillness script(臨床像)に合致するか否か,Snap diagnosisに近い判断になります.
(個人的にはこの段階でPivot & Cluster を使って”3C”を考えるのがいいと思います)
第一段階の網を通過したものに対して,第二段階目の網として病態生理などの分析的手法で比較的Commonな疾患を一度検討します.この際,Commonな疾患がAtypicalな臨床表現を呈している可能性についてよく検討します.”Common is common.”という格言があるくらいですので,CommonでAtypicalな表現の方が,RareでTypicalな疾患よりも出会う頻度が断然高いからです.
ここまででCommonな疾患が引っかからなければ,鑑別疾患が徐々に除外されてRareな疾患の確率が相対的に高くなります.この時点で第三段階の網として代謝疾患についての詳細な病歴・所見・検査などを検討します.この検討によってRareでTypicalな疾患の可能性を検討します.
この3段階目の網で引っかかった疾患に関しては,疑われる疾患に対する特殊検査等を検討します(第4の網)
第3段階の網でも引っかからないもの,あるいは第4の網に進んだけれど空振りだったものに関しては,検体の不備や検査のタイミングの不適切さがなかったか/想起されていないとても珍しい病気が鑑別から漏れていないか/経過で新しい臨床所見が出てこないかなどの再検討したり,カンファレンスや先輩に聞くなどの情報収集を継続して「診断にこだわる」ようにします.

これも当たり前と言えば当たり前の話なんですが,個人的には「一発で診断しなくてもいい」ということを明確に示してくれているところが腑に落ちてしっくりきました.代謝疾患についての第三段階の情報収集の仕方など詳しく記載してくださっていますので,興味があれば外来で見つける先天代謝異常症を見てみてください.
先天代謝異常症の分野と同じく小児神経疾患ではRare diseaseのAtypicalなプレゼンテーションや,そもそも鑑別リストにも上がらないくらいのExtremely Rareな疾患も多くあるので,こだわりを持って経過観察するのは大切かなと思います.
illness script | 疾患像の解像度を上げる
”ilness script”とは教科書的には,「医師の臨床経験が認知的操作を経て変形,加工され,取り出し可能な長期記憶として保存されるメカニズムの一部である.その構成要素は主にリスク因子,詳細な症候,病態生理,さらには予後や適切な治療オプションに関する情報が含まれ,個々の医師によって微妙に異なる可能性がある」とされています.
教科書上の知識のみでは具体性にかけますし,経験のみで知識の集積がないとぼんやりした臨床像になってしまい経験症例と多少違ったプレゼンテーションの場合には気づかなかったりします.
結局のところillness scriptは,各々の医師が頭に描いている教科書上の知識と臨床経験が混ざりあって出来上がる疾患像です.経験症例や勉強した際の”深み”によってもここでillness scriptは違っています.
レジデントとしては,”一つ一つの症例を大切にして”,つまり目の前の患者さんの臨床像が教科書的な記載と合致する部分,合致しない部分を確認しつつ周辺知識を一緒に覚えていくことで,疾患像の解像度を上げていくほかないかと思います.
経験したことがない症例では,症例報告を読んでみたり,ちょっと古いですが武蔵の「小児神経ケースカンファレンス100」のようなケース集を読んでみたりすることである程度の解像度をもった疾患像が手に入ります.
最近だと生成AIに,「〇〇の症例の典型的な臨床像を症例報告の物語の形式で教えて.特に病歴と身体所見は詳しく具体的にしてほしい」のようにお願いするすると有名どころの疾患についてはいい感じにお話を作ってくれるので,スッと頭に入りやすいと思います.「病歴は医学用語を使わずに患者さんが話すような表現にしてほしい」など出力形式を変えてもらうことで,実際の問診場面に近い表現で疾患像を学べます.
便利な世の中ですね.
複雑な疾患・病態を整理して考えるための方法 | ”DECLARE”
DECLAREとは,複雑な問題に直面した際の解決方法になります.大きく6つのステップで考察をしていく方法です.
問題を切り分けやすい形に分解(D:decomposition)したうえで関係が乏しいものをいったん脇に置いておいて(Set Aside)して問題点を抽出(E:extraction)します.抽出された問題点に対して相互の影響があるかどうか,因果関係(CL:causation link)があるかどうかを考え,その因果関係で今ある患者の状態が説明可能かどうか,説明責任の評価(A:assessing accountability)します.そしてその要素を臨床的な仮説に再構成(R:recomposition)します.再構成した仮説を改めて検証して妥当ではないと判断した場合は,再度情報を収集して既存の要素の中に隠された/無視された要素や関係がないかを確認します.説明と探索(E:explamnation and exploration).
大げさな感じに見えますが,プロブレムリストを上げて,それぞれに因果関係・背景にある共通の病態があるかどうかを検証するということです.
コツとしては,一番初めの要素は小さなものでも挙げてみて,マインドマップみたいにするといいかな,と個人的には思っています.
Horizontal & vertical tracing|病態から関連疾患や原因疾患を連想する
水平/鉛直トレースと訳されますが,これもPivot & Clusterと同じ志水先生が提唱している思考方法です.
水平方向へのトレース(追跡)とは,主病態に同時に起こりえる病態・疾患を想定して鑑別すること,鉛直方向へのトレースとは,主な病態を掘り下げて病態の元となる原因・疾患を想起していくことです.
小児神経領域で言えば,たとえば大頭症を見た際にPTEN異常症を考え悪性腫瘍の家族歴を確認したりが水平方向のトレースにあたります.一方で,てんかんの焦点起始発作をみた際に「なぜ起きたのか」を掘り下げて,局所構造異常→感染/皮質形成異常 → TSC と掘り下げていく思考が鉛直方向へのトレースになります.
これも当たり前と言えばあたりまえですね.
診断関連エラー(診断エラー)とバイアス
診断関連エラー(診断エラー)
小児神経疾患は非常に稀な疾患を取り扱うことが多いです.そのためそもそも鑑別疾患として念頭に上がりにくく診断の段階での診断の遅れや誤診などが起こりやすいです.また診断をした後にも,耳慣れない疾患を患者さん・ご家族に説明をし,必要な治療やFollow upを行っていかなければいけないため,情報伝達でも齟齬が生じやすいです.
これらの診断関連エラーについては別記事にまとめています.

これから鑑別疾患を勉強していく時の情報の整理の仕方
チャンクの利用
バイアスと避けてもれなく鑑別疾患・鑑別診断をしていく際には,二重過程理論でいうところのシステム2(分析的思考)を上手く働かせていく必要があります.ただ,ワーキングメモリに過剰な負荷がかかると楽なシステム1(直観的な思考)に結局ながれていってしまうため,”チャンク” という手法を上手く使って知識を整理していくのが重要です.
”チャンク”知識を一定のブロックに分けて整理することを指し,これによって頭の中で一度に取り扱う情報(疾患リスト)がある程度の数に整理されるため,しっかりとひとつひとつの鑑別疾患について考察をすることができるようになります.
上で紹介したVINDICATE(例:この患者さんの疾患にはVascularの病態にあてはまるだろうか?),SQと3C(例:急性発症の下肢筋力低下を来す疾患でCriticalなものは…),Pivot & Cluster(例:眼瞼下垂を来す疾患にはMGがあるが,類似する疾患としてはCMGやFisher症候群などがある)もある意味この”チャンク”に当たります.
網羅的なリストからSQごとに自分のClusterを作っていく
Pivot & Clusterの項目でも書きましたが,ある症候について自分の中のDisease mapを整理していくことが大切です.
この際,どこにPivotを置くべきかというと,SQ毎にCommonな疾患にClusterを整理していくと使い勝手がいいと思います.「急性発症の下肢の筋力低下」であれば,Guilain-Barre症候群がぱっと思いつくけど,他に何かな….といった具合です.
一段広いの概念「筋力低下」で解剖学的部位と病因・病態(VINDICATE)を使って網羅的に鑑別疾患・鑑別診断を書き出した後で,「急性発症」「下肢」といったメッシュをかけた場合に当てはまるものは何かを分けていくと漏れがないPivot &Clusterが作れるかと思います.
しっかりとしたDisease mapを作って効率的に鑑別を行っていく上では面倒くさいですが,この地道な作業の繰り返しが臨床力になります.がんばりましょう.
フェニチェル臨床小児神経学などは,疾患リストや簡単な疾患概念がバランスよく組み込んであって勉強しやすいです.一番初めはフェニチェルを読みながら,どのあたりがプレゼンテーションとして似ているのかを考えてみるといいと思います.
参考文献
- 柴崎 浩. 神経診断学を学ぶ人のために 第2版. 医学書院. 2013.
- 梶 有貴. 病態生理学的アプローチ―VINDICATE鑑別診断法―. 診断と治療. 2024;112(10):1235-1239.
- 和彦 児玉. 先天代謝異常症の診断と臨床推論. 1章 先天代謝異常に向き合おう.外来で見つける先天代謝異常症. 窪田 満 編. 中山書店. 2023.
- 山本 祐. 診断のための病歴聴取の方法. 診断と治療. 2024;112(10):1217-1219.
- 鋪野 紀好. Semantic Qualifier 適切な統制語を設定する. 診断と治療. 2024;112(10):1213-1216.
- 松尾 裕一郎. Pivot and Cluster Strategy―軸となる鑑別疾患とその周辺疾患―. 診断と治療. 2024;112(10):1253-1257.
- 鈴木 富雄. 二重過程理論 直観と分析を駆使する. 診断と治療. 2024;112(10):1209-1212.
- 志水 太郎. DECLARE A Comprehensive, Multifaceted Cognitive Forcing Strategy. 診断と治療. 2024;112(10):1259-1264.
- Shimizu T. Horizontal and vertical tracing: a cognitive forcing strategy to improve diagnostic accuracy. Postgrad Med J. 2020;96(1140):581-583.

