診断関連エラー(診断エラー)とバイアス
この記事を作成した日:2025年9月22日
記事内容の最終更新日:2025年11月2日
備忘録としての記載と自分の頭を整理するのに,ずいぶんと長くなってしまいました.
初めの方は流し読みして,最後の方にあるよくあるバイアスとそれを回避する工夫について読んでもらえたらだいたいOKだと思います.
小児神経疾患を診療する上で診断エラーは避けられない
一般内科・救急診療での診断の1割は誤診
私たち医師は患者さんの病気を診断する際に,当然ながらできるだけ間違わないように日々意識して診療を行っています.しかし,そのような努力をしている状況で,内科、救急医療、家庭医療における誤診率は約10~15%ほど起こりうるという報告があります.
さらに,以下に書いたように小児神経領域は,構造的にどうしても診断におけるエラーが起こりやすくなっています.
診断エラーを考える上での小児神経領域の疾患の特徴
小児神経を診療する上で,診療する疾患群の特徴として
- 疾患の種類が多く,一つ一つの疾患頻度が低い
- 同じ診断名でも表現型・重症度が大きくことなり,教科書的な典型例でないことも多い
- 単純で明快な基準値がないものが多い
というものがあります.
希少疾患は日本では2,500人に1人未満の疾患とされていますが,小児神経領域では単一遺伝子異常・染色体異常や微細欠失をはじめとして10,000以上の診断名があり,毎週のように増えていってます.
それらの疾患の中には,”比較的” 頻度の高いものに関しては,遺伝子治療や酵素補充療法も開発されていますので,いざ目の前にその疾患の患者さんがやってきた場合にも遅滞なく診断をつける必要もあります.
また,単一遺伝子疾患であっても表現型はまちまちで,症状が大きくことなることも稀ではないため,同じ名前の疾患を経験したことがあっても,バリエーションのため当初から診断に至らないこともまま起こりえます.
これら様々な理由から,小児神経領域の疾患の診断は難しく,診断の遅れなどの診断エラーにつながりやすい状況にあります.だからこそ,小児神経を専門とする医師は,自らが関与しうる診断エラーについて多少の知識を持っておく必要があります.
“To Error is Human.“
という言葉が作られるくらい,エラーはどうしても起こりうるものです.
一方でエラーを起こす原因となる無意識的な要因(認知的なバイアスや感情)に気づいておくことで,それを避けることができることも知られています.落とし穴や罠について知識を持っておいて,可能な限り診断の精度を高めるようにしたいものです.
以下,エラーの起こる仕組みや気を付ける点について,簡単にまとめました.
研修医・指導医関係なく,参考になれば幸いです.
診断における認知の仕組み
診断のプロセスの概念図と起こりえるエラー
診断のプロセスの概念をあえて図式したものが,下の図になります.

患者さんの病気が診断され,治療を受けて最終的にその結果が出るまでの道のりはまず,症状を自覚することから始まります.症状を自覚してもすぐに医療機関に受診するとも限らず,とくに広く一般に周知されていない疾患であればあるほど,受診までの時間が長くなります.
医療機関に受診した後には,病歴・身体所見・検査・コンサルテーション等などの情報収集が行われ,集められた情報を統合・解釈して診断が確定されていきます.
診断名がついた後に,その診断が患者さんに伝えられたうえで健康観察上の注意点や治療計画が相談され,治療に入っていきます.治療の経過についても再度情報収取がされ,治療効果の評価が行われたり,治療経過によっては再度の情報収集・再診断が行われて,診断名が変わることもあります.
これらの診断プロセスの中で,様々なところでエラーが起こる要素があります.
以下に診断プロセスで起こりうるエラーについて表にまとめました.
| 診断プロセスでエラーが起こる箇所 | エラーの性質 | 自分でできる対策 |
|---|---|---|
| 医療システムや診断プロセスへのアクセス不全 | 受診の遅れ 患者が医療にアクセスできない | |
| 情報収集の失敗 | 重要な病歴や身体所見の聴取・記録の遅れまたは欠如 必要な検査の未実施・誤った検査の選択・検査の順序不備 検体の取り扱い・ラベリング・処理過程での技術的エラー | 診断トリガーツール チェックリスト |
| 情報統合の失敗 | 仮説生成の不備 重みづけや優先順位付けが不適切 緊急性の認識不足 | デブリーフィング 診断カンファレンス |
| 情報解釈の失敗 | 病歴・身体所見・検査結果の誤解釈または解釈不能 | 検体のセカンドレビュー |
| 診断の確定失敗 | 適切な重みづけの欠如 診断の検討遅延 フォローアップの不備 医学知識の限界(新規疾患概念) | |
| 診断説明の患者への伝達失敗 | 患者へ通知できない・遅れる 不完全な説明 患者が説明を理解できない | 患者さんの理解度の確認 |
受診の遅れに対する対策は疾患の啓蒙なので個々の医師では対応が難しいと思います.また,診断後の患者さんとのコミュニケーションエラーによる不利益も相応にあるので,日々患者さん自身の疾患への理解を確認しながら診療することが必要になります.
それ以外の大部分は基本的に,診断にかかわる情報収集や解釈の中で起こってくるエラーになります.
この情報収集や解釈の中で起こってくるエラーには,私たちの認知的な働きが大きくかかわってきます.認知システムの働き方について理解しておくことで避けられることが多いため,この辺はある程度の知識を持っておく必要があります.
二重過程理論(Double processing theory)
二重過程理論とは,心理学・認知科学などの分野で使用される重要な概念の一つで,人間の思考や意思決定プロセスを説明したものです.
この理論では,意思決定のメカニズムとして,システム1(直観的システム,早いシステム)とシステム2(分析的システム,遅いシステム)を想定しています.

明示されない条件による処理(暗黙的学習):
年齢,社会経済的地位,性別,人種,精神疾患の患者・肥満などに対するバイアスの獲得
生得的な処理:
メタヒューリスティック(アンカーと調整,代表性,可用性),探索的満足,自信過剰など
感情による処理:
幸福,悲しみ,恐怖,驚き,怒り,嫌悪
過学習による処理:
特定の主訴で頻回受診する患者へのバイアスなど
Croskerry2013から作成
システム1は人類が言語を取得して概念を得るまでの長い間使ってきた,いわゆる”直観”や”経験則”であり,無意識化で非常に強い影響を与えています.直感的なシステム1のプロセスは主にパターン認識に基づいていて,既知のパターンを特定の決定や行動に一致させることでかなりの時間と労力を節約できます.
認知心理学者の間では,人間は処理の95%をこのシステム1を使って生活していると考えられていて,なにも意識しなければ私たちは生活や思考のほとんどをシステム1にのっかっているわけです.
一方でシステム2のプロセスは,網羅的な鑑別診断など,論理的な能力を使ってトレーニングをする合理的なプロセスであり,信頼性が高く安全で効果的ですが,処理に時間がかかる他,多くのリソースを消費します.また,並列処理が難しいため,他に処理していることがあるとうまく働くことができず,忙しかったり感情的に落ち着かない状況では正常な動作が困難になりがちです.そうなるとシステム2は動作を停止して,より負荷の少ないシステム1を利用することになります.
また,同じ症状をシステム2で反復処理を行うと,その症状に対するパターンが構築され,システム1の処理に組み込まれることになります.鑑別診断のトレーニングがこれにあたります.
臨床の上ではおおざっぱに,システム1はsnap diagnosisに近いもの,システム2は網羅的な鑑別疾患を上げて検討していくようなもの,と認識してもらって差し支えないかと思います.
直観的・経験則的な診断(システム1)が有用な場合と危険な場合
システム1を使った直観的な診断・パターン認識は,うまく使えば非常に役に立つものです.
発達の遅れのある女児が,両手をもみ合わせるようにしていたり頻繁に手を口に入れているのを見たら,Rett 症候群を思い浮かべます.熱いお風呂に入る都度にけいれんを来していればDravet 症候群を考えるでしょう.
システム1を使った直観的な診断・パターン認識は,特徴的でノイズの少ないパターンが存在する(特異度の高い症状がある)場合には劇的な効果を発揮します.一方で,ノイズの多い症状・非特異的な症状では役に立たちません.

例えば,時相の異なる水疱・痂疲が頭皮を含む全身にあるのをみたら水痘と診断してよいでしょう.これは他の水疱を来す疾患とプレゼンテーションが異なる特異的な所見だからです.
一方で,頭痛を来す疾患は300ほど存在するため,頭痛の症状のみから特定の診断を下すことはなかなか難しく,国際頭痛分類による操作的診断基準(完全にシステム2)を用いて診断を行っていくことになります.
このようにシステム1の特異な部分と苦手な部分を意識して,うまくシステム2を呼び出して診断をつけていく必要があります.
こうしてみると,私たちの専門とする小児神経疾患の分野では多くの場合,システム1では解決できないものが多く,システム2を呼び出して,時間と多くのリソースをかけて診断をしていくことが必要になることがわかります.
また,疾患に特徴的なものを知っていることでできるシマウマ診断(蹄の音は一緒だけど,鳴き声が全然ちがう)もたくさんある領域です.低ALP血症(乳歯が歯根部を残したまま抜ける)とかDravet症候群(お風呂でけいれん)などがそれであり,逆に知っていないと診断がつかない部分です.
そこに小児神経のしんどさがあり,面白さでもあるわけです.
診断関連エラー(診断エラー)
診断に影響を及ぼすもの
ここまで書いたように,診療の場面では,情報を集め,統合・解釈するのに私たちは2つのシステムを上手く使って診断をつけていきます.
一般的に,脳は可能な限りシステム1の処理をデフォルトにしようとします.こちらの方が時間的にもエネルギー的にも労力が少ないからです.ただ,システム1は直観的であるがために,様々なバイアスの影響を受けやすいため,診断に関連したエラー(診断エラー)を生じやすいため注意が必要です.
無意識のうちに判断に悪影響を及ぼすバイアスは,バイアスの存在を意識した上でシステム2での推論を利用することで多くの場合避けることができます.ただ,人は楽をしたい生き物なので,ともすれば,システム2の利用を放棄して,短絡的にシステム1に寄った診断に走りがちになります.
また.システム2は並列処理が苦手でエネルギーを要するため,疲労や睡眠不足,認知的な過負荷があると上手く働きません.”疲れたから適当でいっか” の心境ですね.そのため,システム2での推論を維持するためには,集中できる身体状況や環境を整えるのも大切です.
以上のように,様々な認知バイアスや環境要因,感情要因が診断過程に影響を及ぼします.
以下,実際にどのような診断エラーがあり,どのような因子がそれに影響しているかについてまとめていきます.
診断エラーの分類
診断エラーは大きくわけて
- 診断の見逃し(missed diagnosis)
- 診断の間違い(wrong diagnosis)
- 診断の遅れ(delayed diagnosis)
の3つに分類されます.字面でわかりやすいので,各々の説明は省略します.
どういう時にこれらのエラーが生じやすいのか,考えていきましょう.
診断エラーの原因
診断エラーの原因として,ミクロなものとして診断医の頭の中(認知,二重過程理論など)が,マクロなものとして診断医の身体状況はじめ周囲の環境や文化社会的な影響との関連が想定されています.
これらは相互に影響しているため,診断エラーを減らすためには、医師個人の思考だけでなく、それを取り巻くより広い環境や状況も考慮に入れるべきだ考えられています.(超理論的モデル).
具体的なエラーの要因をあげると,
- 知識不足
- コミュニケーション不足
- システムの問題
- 認知バイアス
- 感情バイアス/情動バイアス
などがあげられます(より詳細は以下ボックスにまとめました).
診断エラーの原因と臨床推論に影響を与える因子まとめ(詳細)
| 組織またはチーム関連の要因 |
| 1. 不健全な文化 |
| 2. 1つ以上のケアレベル内またはケアレベル間のサイロ思考を含むコミュニケーション不足(書面、口頭) |
| 3. 特に人員・設備などのリソースが不十分(薬剤、設備、検査へのアクセスを含む) |
| 4. システムの非効率性や文化のせいで必要なサービス(ベッド、検査など)にアクセスするための労力が大きい |
| 5. 個人と家族を中心とした医療と情報に基づいた共同意思決定を推進し実践する組織またはチームの失敗 |
| 6. 状況に応じて独立した信頼できる意見(外部の視点)を求めないこと |
| 個人関連の要因(一部は上流の組織要因に付随する) |
| 1. システム内の他者とのコミュニケーションが最適ではない |
| 2. 知識‐経験‐スキルセット |
| (i)知識不足,経験不足,または訓練レベルや継続教育の不足に関連するスキルセットの不足 |
| (ii)確率推定に関する具体的な知識不足 |
| (iii)新しい状況に関する経験不足/知識不足(以前にその状況に遭遇したことがない、その分野の専門家も例外ではない) |
| (iv)スキル不足(特に外科手術、緊急処置など) |
| 3. 予測不可能で変化する状況(例:重篤な患者,手術中の予期せぬ有害事象,機器の故障) |
| 4. 状況に応じて独立した信頼できる意見(外部の視点)を求めないこと |
| 5. 時間と集中力の要因 |
| (i)急ぎ(リソースの制限による場合もあれば,時間はあるが他の理由で作業を急いでいる場合もある) |
| (ii)仕事の過負荷。多くの場合,人員不足と関連している.どちらも特定のタスクごとに時間的制約をもたらす. |
| (iii)課題中の中断や妨害(自らが引き起こしたもの,または他者が引き起こしたもの) |
| 6. 認知‐感情 |
| (i)偏見が判断と意思決定に与える影響 |
| (ii)睡眠不足/疲労 |
| (iiia)外因性(環境に関連する)および内因性(個人に特有の)心理的状態.後者には,不快感・私生活のストレス・燃え尽き症候群が含まれる。 |
| (iiib)障害のある個人 |
| (iv)安全慣行違反 |
| (v) 認知的過負荷: 通常,この表に記載されているいくつかの要因の組み合わせ |
| 7. 患者とその介護者との適切なコミュニケーションが取れず,十分な情報に基づいた共同意思決定ができない |
| 患者関連因子 |
| 1. コミュニケーションの課題(例:言語の壁や認知機能障害) |
| 2. 遵守(コンプライアンスと一致を含む) |
| 3. 患者と介護者の認知感情バイアス(プラス)は個人の医療決定に影響を与える可能性がある |
| 4. 経済的に恵まれない人々,マイノリティ,または患者の病歴を理由とした・制度・組織・医療提供者による偏見.偏見は,年齢・性別・患者の医学的または心理的状態(例:肥満、精神疾患または心理的疾患)にも関連している可能性がある |
Seishia2018から翻訳
臨床推論に影響を与える因子の主要な6クラスターと60因子

グループA 意思決定者の個人特性
- Intellect (知性)
- Knowledge (知識)
- Age (年齢)
- Race/Ethnicity (人種/民族)
- Experience (経験)
- Culture (文化)
- Religion (宗教)
- Gender (性別)
グループB 個人の知的・認知的スタイル
- Personality (性格)
- Active Open-minded Thinking (積極的で偏見のない思考)
- Logicality (論理性)
- Critical thinking (批判的思考)
- Metacognition (メタ認知)
- Reflection (内省)
- Rationality (合理性)
- Perseverance (忍耐力)
- Reflective coping (内省的対処)
- Experientiality (経験性)
- Mindfulness (マインドフルネス)
- Adaptiveness (適応性)
- Need for cognition (認知的欲求)
- Lateral thinking (水平思考)
グループC 環境要因および恒常性要因
- Hunger (空腹)
- Sleep deprivation (睡眠不足)
- Thirst (喉の渇き)
- Cognitive load (認知的負荷)
- Stress (ストレス)
- Sleep debt (睡眠負債)
- Affective state (感情状態)
- Fatigue (疲労)
- Heat/humidity (暑さ/湿度)
グループD チーム要因を含む職場環境要因
- System design (システム設計)
- Communication (コミュニケーション)
- Ergonomic factors (人間工学的要因)
- Resource availability (利用可能なリソース)
- Team factors (チーム要因)
- Scheduling (スケジューリング)
- IT (情報技術)
- Management (管理)
グループE 病気の特性
- Manifestness (顕現性)
- Symptoms (症状)
- Familiarity (精通度)
- Signs (兆候)
- Seriousness (深刻度)
- Context (文脈)
- Onset (発症)
- Pathognomonicity (疾病特異性)
- Protypicality (典型性)
- Progression (進行)
- Co-morbidities (併存疾患)
- Mimics (類似疾患)
グループF 患者関連要因
- Patient disposition (患者の気質)
- Race/Ethnicity (人種/民族)
- Culture (文化)
- Family (家族)
- Context (文脈)
- Age (年齢)
- Other patients (他の患者)
- Caregivers (介護者)
- Friends (友人)
内科疾患で100件の診断エラーを分析した研究では,100症例中で65%でシステム関連因子が関与し,74%で認知因子が関与していました. また,エラーは多因子性であることが多いものの,診断エラーによる医療過誤訴訟の89%(95%信頼区間:88~90)は,臨床意思決定または判断の失敗に関連していたという報告もあります.
システム因子は個人の医師が介入できることはそれほど多くはない(科長クラスの先生方や経営幹部になれば別として)のですが,認知因子に関しては個人の意識で改善が見込める部分になるため,特に診断エラーが起こりやすい小児神経領域で診療を行う私たちは意識する必要があります.
以下,まとめていきます.
診断エラーに関連した意識したい認知バイアス
上記のように診断エラーを起こす場合の多くに認知的なエラーがかかわっていますので,認知的なエラーを引き起こす種々のバイアスについて知っておく必要があります.
診断に大きな影響を与えるこのバイアスですが,理論上100を超える認知バイアスと,約12の感情バイアス(感情が判断に影響を与える方法)があるとされています.そんなにたくさん考慮にいれられない,と思うかと思いますが,安心してください.想定されるバイアスは実際には机上でのものが多く,実際に診断エラーに関わっていたバイアスはそれほど多くありません.
ただ,プラトンの探求のパラドックスではないですが,
”あなたが探しているものを知らないなら探すことはできない”
ので,ある程度知っておくことは必要です.代表的なものを以下にリストアップして解説しています.
(救急外来30症例のエラー分析で原因となっていた要因)
| anchroring bias (固着バイアス) | 診断プロセスの早期に特定の疾患に当てはまる!と思うと,他の疾患の情報が出てきてもそれを考慮に入れられなくなる. 初期段階で特定の疾患を中心に考えることは問題ないが,最初の情報(アンカー)に固執し続け,新しいデータが別の診断を示唆したときに調整できない場合にエラーが発生する. | 初期の印象や先入観に固執することを避ける. より多くの情報を求める. 新しいデータで診断を再検討する. ニーモニック(記憶術,例:VINDICATES)は鑑別診断の幅を広げるのに役立つ他,ピボット&クラスターでアンカー周囲の疾患を頭に入れておくのがよい. |
| framing bias (枠組みバイアス) | 患者情報の提示のされ方によって,医療者の思考の方向性が影響を受けてしまうこと. たとえば「ギラン・バレー症候群の疑い」と紹介されると,脊髄梗塞は早期に考慮されにくくなる. | 提示の仕方に惑わされず,中立的に情報を再評価する. 第三者的立場で情報を組み直す. 一段上の概念「シネクドキ」まで考えることでエラーは減らせる. |
| confirmation bias (確証バイアス) | 「これだ!」と思った疾患があると,その疾患を支持する所見ばかりを集め,否定的な所見は収集しなかったり無視したりしがちになる. | 否定的証拠にも注意を払う. 反証可能性を意識する. 他の仮説や診断を系統的に検討する. |
| Unpacking failure (展開の失敗) | 鑑別診断を網羅的に列挙せず,重要な疾患をリストから漏らしてしまうこと. | 体系的な鑑別診断リスト(VINDICATESや解剖学的アプローチ)を用いる. カンファレンスで漏れを防ぐ. |
| Search satisficing (探索満足化) | 何かが見つかると,すぐに探索を中止してしまう傾向. | 「他に原因はないか?」と自問する.見つけた診断に加えて,第2・第3の病態・可能性を検討する. ERで最も見逃されやすい骨折は2つ目のものである, |
| availablity bias (利用可能性バイアス) | 経験したり見聞きした疾患が想起されやすく,それを診断してしまう. よくあるcommon diseaseを思い浮かべたところで思考停止する. 直近で接した疾患は診断に挙げやすく,逆に長期間見ていない疾患は除外されやすい. | 最近の経験に頼らず,症例の内容に基づいて判断する. 親近性効果を意識する. 臨床判断の客観的根拠を確認する. |
| normalcy bias (正常性バイアス) | 外れ値や異常値を見たときに「大丈夫だろう」「正常範囲だろう」と思い込もうとする. | 異常値の意味を必ず検討する. 説明できない異常は再確認し,除外診断を行う. |
| premature closure (早期閉鎖) | 診断が十分に検証される前に仮診断と結論付け,本来行われるべき後続のプロセスを早期に終了してしまうこと. | 代替の可能性を強制的に検討する.合理的な鑑別診断を立てて吟味する. 「他に何が考えられるか?」と必ず自問する.常に最悪のシナリオ(ROWS)を除外する. |
| diagnosis momntum (診断モメンタム) | 特定の診断名が検証されないまま引き継がれる.一度付けられたラベルや診断が「固定化」してしまう傾向. このプロセスは誰からでも(患者,救急隊,看護師,医学生,研修医,主治医など)始まり,人から人へと伝達されることで継続する. しばしば証拠集めが不十分なまま診断に勢いがついてしまう. | カンファレンスなどで複数人で診ることで,他者が見逃した情報に気づける. 集めた情報でより完全な全体像を形成する. 他の医師に相談したり,他の医療機関にセカンドオピニオンを求める.その際,患者情報に主観を交え印象操作して伝えることは避け,客観的データを提示する. |
| ascertaiment bias (確認バイアス) | 決めつけに沿った情報を集めようとする.診断に反論する証拠よりも,支持する証拠を探す傾向. 例:SAHを否定する手がかりを探さず,片頭痛の所見に注目して誤診する. | 反対の可能性を考える. 最初の仮説をあえて否定してみる. 代替案が検討されているか確認する. 「矛盾するところはないか?」 「他に考えられるものは?」 |
| representiveness bias (代表性バイアス) | 典型的なパターンに合う疾患だけを探し,非典型的パターンを考慮しない.非典型的症状を無視する. | 個々の差異や非典型症状に注意する. 「アヒルのように見え、アヒルのように歩き、アヒルのように鳴くものが、アヒルであるとは限らない」 |
| overconfidence bias (過信バイアス) | 自己の診断能力を過大評価し,十分な情報を集めずに診断してしまう. | 自分の限界を認識する. フィードバックを受ける. 誤診例を振り返る. |
| authoruty bias (権威バイアス) | 上位者の意見に盲目的に従い,自分の意見を修正してしまう. | 自律的判断を維持する. 権威者の意見は参考にしつつ,独立して検討する. 「私ならこう考える」を常に持つ |
| Psych-out error (精神科誤診バイアス) | 精神科的原因を安易に想定し,深刻な身体疾患を見落とす. 例: 甲状腺機能低下症をうつ病と誤診 胸痛を不安のせいにする ヘルペス脳炎やNMDA受容体脳炎の性格変化を統合失調症と診断する | 他の診断が系統的に除外されるまで精神科的診断を下さない. 「別段の証明がない限り」の原則を適用する |
| Fundamental attribution error (基本的帰属の誤り) | 患者の行動や症状を「性格」や「本人の責任」に帰してしまい,環境的・医学的要因を軽視する. | 行動や背景を多角的に検討する. 環境・身体要因を考慮する. |
| Triage cueing (トリアージ誘導バイアス) | トリアージや前医の紹介情報が診断に過度に影響する. | 独自に再評価する.先入観を持たず診る. |
| Posterior probability error (事後確率バイアス) | 既往歴や直近の診断が現症にも当てはまると過信する. | 既往歴に依存せず,現症を新しい視点で評価する. |
| Omission error (不作為の誤り) | 副作用や合併症を恐れて必要な検査・処置を控えてしまう. 髄液検査などの | リスクとベネフィットを比較検討する. 実施しないリスクも考慮する. |
| Commission error (作為の誤り) | 「何かしなければ」という思いから不要な検査や治療を行う. | 行為の必要性を吟味する. 「やらない勇気」を持つ. |
| Groupthink (集団浅慮) | 集団内で同調圧力が働き,異論が出にくくなり誤った結論に至る. | 意見の多様性を尊重する. 意図的に反対意見を募る. |
| Inattentional blindness (見落とし) | 一つの所見に集中するあまり,他の重要な所見を見逃す. | 全体像を意識して観察する. チェックリストを活用する. |
| Belief bias (信念バイアス) | 自分の信念や価値観が診断判断に影響する. | 診断はデータに基づくことを再確認する. |
| Gender bias (ジェンダーバイアス) | 性別による固定観念に基づいて症状を解釈してしまう 例:女性の胸痛=心因性と決めつける. | 症状を性別に依存せず評価する. 性差医学の知見を参照する. |
| Yin-yang out (陰陽錯誤) | 多数の検査で異常が見つからなかった場合,「これ以上は見つからない」と誤って結論する. 実際には他の検査があったりする,知識不足の可能性. | 症例を再検討し,必要なら専門医に紹介する. |
| Zebra retreat (ゼブラ退却) | 稀な疾患を一度考えても「そんなはずはない」と撤回してしまう. | 稀な疾患も可能性に含める. 説明困難な症例では再度「ゼブラ」を検討する. |
診断エラーに関連した意識したい ”感情バイアス/情動バイアス”
人は誰しも嫌だなと人には親身になって接するのが難しいものです.これは個人が悪いのではなく,人間が進化の過程で長い期間で醸成させてきたバイアスであり,かなり強力なものです.
感情の乱れは,システム2を使った認知バイアスを避ける方策に悪影響を与えます.
逆にどんな状況で自分は感情により判断を間違えやすいのかを意識し,可能であればあらかじめそのシチュエーションを避けるか,そのシチュエーションにいることを気づくことができれば(とても難しいですが….)影響を避けられます.
知らなければそもそも意識もできないので,確認しておくのがまず一歩ですね.
以下に感情バイアス/情動バイアスについてまとめましたが,基本的には
- ”嫌だな” ”めんどくさいな” ”イライラするな”と思った時に注意する
- ”疲れてるな” ”お腹すいたな” と思ったら休憩する.
を意識していれば大丈夫です.
診断に影響する情動的要因の分類
診断に影響する情動的要因の分類
| 一時的な感情の状態 | 睡眠不足・睡眠負債 易刺激性(イライラ) ストレス 疲労 |
| 状況により誘発されるもの | 基本的帰属の誤り(例:肥満は個人の責任) 逆転移(例:私の母に似ている,嫌な上司を思い出す) |
| 内因性障害 | 概日リズム・概旬リズム・季節性の気分変動 気分障害・不安障害 情動回避 |
患者への反応に影響する情動的な要因は,以下の3つのカテゴリーに分けられます.
- ケア提供者の感情状態
周囲の環境や労働条件によって誘発されるもので,例えば騒音寛容でのイライラ,睡眠不足や疲労によって生じる否定的な感情状態のことです. - 特定の患者や集団に依存する情動的バイアス
このうち大きなものが逆転移です.過去の患者経験から,ある患者に対して肯定的または否定的な感情を抱くことです.これには「自分の子供みたいでかわいい」のようなポジティブなものと「昔いじわるされた指導医に似ている」などのネガティブなものがあります.
他に,基本的帰属の誤りがあり,これは患者を状況的な要因ではなく素質的な特性に基づいて判断してしまうもので,例えば肥満患者を社会経済的な背景ではなく本人の責任として非難してしまう場合などがこれに当たります. - 臨床医の内因的な情動状態
深夜帯にイライラするなどの時間的要因に依存するもの,気分障害・不安障害,情動回避が原因となって患者への対応がぞんざいになってしまうものです.
小児神経領域で診断エラーを減らすために特に意識するポイント
以上に述べたバイアスは,システム1の直観的な診断を行っている限りは気づくこともなく,修正されることはありません.そのため,私たちは日々の臨床の中でシステム1とシステム2をバランスよく使いながら,時々意識的にシステム2を起動して,バイアスを排除しながら診断の検討をしていく必要があります.
以下に,システム2を起動した方がよいきっかけやタイミングについてまとめました.
このタイミングを意識することで,診断エラーを減らすきっかけにしたいですね.
診断エラーに陥らないために常に内省すべき問い「合わない点はあるか?」
” 何か合わない点はあるか?”
” What does not fit?”
これを意識しておき,意識に何かしらが引っかかった時にはシステム2 を利用する.
紹介病名は頭から信じないで,一つ上位の概念・カテゴリーを考える(シネクドキ)
紹介状やコンサルテーションで,”筋疾患の疑い”と書いてあった時に,筋疾患にFocusを絞ってしまうと危険です.実際に診察してみたら”筋力低下”はあるけど,足のクローヌスが出ていて腱反射はむしろ亢進していた,なんてことはしばしば経験します.
”シネクドキ” 的に,一つ上位の概念・カテゴリーまでさかのぼって考えた方がいいでしょう.
筋疾患の疑い → 筋力低下
のような感じですね.ちょっと大変ですが,症候学としてフェニチェルの教科書の章建てに載っている分類までさかのぼれば間違いはないでしょう.
外来引継ぎ時,あるいは年に1回は診断名の確からしさを見直す
診断モメンタムや早期閉鎖などでいったん間違った診断名がついてしまっても,そういうことが起こりうることを念頭に置いたうえで,「合わない点があるか?」を時々再考することで,診断エラーから抜け出すきっかけになります.
また,同じように,”てんかんの疑い” などむやみに”病名×疑い”とカルテに記載してしまうと病名が独り歩きします.人のエラーを引き起こさないよう,”無熱性けいれん” など,誤解のない用語を使ったカルテ記載を意識した方がいいでしょう.
”今,自分はしんどくないか?” を自問して,ヘルプを頼む
システム2を使った推論はエネルギーを使うため,身体的・認知的な負荷が強めにかかっていると上手く働かず,結局システム1を主にしてしまうことがわかっています.
眠気,空腹,疲労,怒り,過剰な負荷や緊張,暑さや騒音.
そういった何かしらで,今自分はしんどくないでしょうか?当てはまるものがあって,時間的に可能であれば休憩を取ったり環境を変えましょう.それが難しい場合は,自分は今ミスをしやすい状況にあることを意識して,確認行動を増やしたり,同僚や看護師さんに注意して一応確認してもらうように一声かけましょう.
「ちょっと今自分疲れてあやしいんで,変なとこ気づいたら声かけてください」 と言っとくだけでエラーが減ります.
「この患者さん苦手だなぁ」と思っていないか
人間だれしも特異苦手はありますので,それ自体はしかたのないことだと思います.問題は「苦手だなぁ」という時に,普段と同じ評価ができているかということです.
嫌なことを言えば,苦手な患者さんに診断エラーが起こった場合,苦手な患者さんに対してより精神的な負担の強い説明・お話をしなければいけなくなります.
自分の嫌な気持ちに向き合いつつ,冷静に診療する心持ちはいつか持てるようになりたいですね.
鑑別診断に”pivot & cluster” の方策を使う
鑑別診断をしっかりと挙げて考えていく際に,網羅的に診断名を上げて処理するのは人間にはなかなか難しいです.認知的な負荷が強すぎて,途中でおざなりになってしまう(結局システム1を使用しにいく)のが目に見えています.
そこで,Snap diagnosisを考える場合に,その疾患に類似した疾患クラスターを一度考える,というあいの子のような手法があります.これを”ピボット&クラスター” といいます.
例えば,盲腸かな?と思った時には,腹腔内リンパ節炎,卵巣捻転,Crohn病など,盲腸に似た症状を呈しるう疾患を一度念頭にいれて情報収集をするといった感じです.
希少疾患をこのクラスターに入れていく必要もあります.早川先生が開発したオデッセイ・プロットを用いた研究が広まって情報があつまると,小児神経領域の疾患での希少疾患を織り込んだピボット&クラスターが整備されていくのではないかと思っています.
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